文化人になりたい

その日に見た創作物について、感想を述べる。それだけの場所。

心機一転

作るだけ作って長いこと放置してしまった。

 

一個だけ記事を書いて終わりのブログなんてブログじゃない。とても恥ずかしい。 

いっそはてな匿名ダイアリーに投げればよかったと過去の自分を反省している。

「ばかばか、自分ばか」というやつだろう。

 

削除して新しく始めるのが筋だとも思ったのだが、アクセス解析を見たらどうも唯一の記事であるところのキンプリの記事にいまだちょこちょことアクセスが有るらしい。

これを消してしまうのも、記事を読んでくれた人たちに失礼だと思ったので、このままこのブログに書き続けることにした。

 

2018年はブログの毎日更新を目指していこうと思う。

大仰な考察をしようとするとどうしてもタイピングをする指が重くなり、最後には億劫になる。

そこで、その日に見たもののありのままの感想を書き綴ることにした。

すなわち、

・その日に見た創作物(小説・漫画・アニメ・ゲーム・TV番組 etc.)についての感想を述べる

・感想は途中であってもかまわない。あくまでその日に見た範囲のものについて感想を述べる

・一度見た作品でも良いが、あくまでその日に実際に触れたものでなければならない(実物を見ずに憶測で書かない)

をこのブログのルールとしていくことにする。

 

そもそも、なんでブログをあらためて始めようと思ったのか。

これからの自分へ戒めの意味を含めて書いておこうと思う。

もし、このブログに読者というものがいるならば、ここから先は読み飛ばしてもらって構わない。

 

私は基本的に惰性で生きてきた人間である。

ただ目の前のことをそこそこ器用にこなしてここまで生きてきた。

無論、特別な存在になろうとしたことは何度もあった。

中学では漫画家に憧れ漫画を描き、高校では作曲家を目指してDTMをやったりもした。

だが結局は人と同じように受験をし、そこそこの大学に入って、そこそこの会社に入り、今に至る。

 

それは私がすこぶる傲慢であったからだ。

何かをやる度に「これでは人様に見せられるものではない」と自己否定から入り、他者からの否定を恐れて奥手になる。そしてゆくゆくはやめてしまう。

そんなことの繰り返しだった。ただ、恥をかくのが怖かったのだ。

 

将来の自分がどうなるのかはわからない。でも、このままではただ呆然と毎日を過ごし、人に怯え生きていくのだろう。そんな予感はあった。

そんな中、twitterでオタクの人たちと交流する機会があった。

彼らは、決して特別な存在ではない。ただ、好きなものについて語り、グッズを買いあさり、二次創作をネット上に上げて共有しているだけの、どこにでもいる人たちである。

そんな彼らですら、自分にとっては羨ましい存在だった。その一方で彼らのように楽しみたいと思いつつも、カッコつけて躊躇してしまう自分もいた。

自分を正直に表現することへのあこがれを、再び強く認識した。

 

その第一歩としてのこのブログである。

勿論、このブログを書いたからといって何かが変わるわけではない。

ただ、思い切り人様の前で自分をさらけ出す訓練をしようと思ったのだ。好きだという感情を堂々と爆発させたくなったからだ。

もちろん、こんな自己満足に付き合ってくれる人がいるとも思わない。むしろ、ここに書いた言葉が誰にも読まれず、ただはてなのサーバーのゴミデータとして埋もれる可能性の方が高いだろう。

それでも、少し目の前の景色が変わったらいいなと思った。ふわふわと生きてきた人間なので、これぐらいしか思いつかなかった。

 

創作物にテーマを絞ったのは、私が創作物を見るのが好きだからだ。

細かい自己分析をしたら、それは憧憬だとか、自己投影だとかいくらでも出てくるだろう。

そんなものは知らない。ただ、好きだから書く。そういうスタンスでいこうと思っている。

その先に、新しい世界があったら儲けもの、というぐらいだ。

 

とかく続けるということが自分にとってなによりの課題であるので、ブログの縛りは非常にゆるくした。(何しろジャンル不問なのだ)

到底、継続的な読者など見込めそうもないブログである。

もしここまで読んでくれた稀有な読者がいてくれたとするならば、このブログはこういうスタンスのものなのだ、と察した上で、時々でもいいので気にかけてもらえたならば、幸いである。

 

さっそくオチがない。

こんなんで大丈夫なのだろうか。