文化人になりたい

その日に見た創作物について、感想を述べる。それだけの場所。

サンリオ男子第1話 なぜかきれいなサンリオ

サンリオというと今や知らない人のない大企業だ。

キティに代表される可愛らしいマスコットたちを中心とした少女向けの商品を展開している。

 

しかし、一方でサンリオには狂気の成分も存在する。

そもそも、サンリオとは「山梨の王」が由来であるという段階で何かがおかしい。

 

サンリオのキャラクター商売もまた独特だ。

キティやマイメロディの仕事の選ばなさは有名である。

ルービックキューブとキティがコラボした恐怖の画像は私の脳裏に鮮明に焼き付いている。

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どういう頭をしていたらこんな商品出そうと思うのだろうか

 

サンリオアニメもまた豪華なラインナップだ。

マスコットをボロ雑巾のように扱い毒の効いたブラックなギャグを散りばめた「おねがいマイメロディ

マイメロディの路線を踏襲しつつもそれぞれ別々の方向で際立った個性をはっきした「ジュエルペットシリーズ」

ターゲット層を一転させ上記のノリをよりオタク向けに先鋭化させた「SHOW BY ROCK」

 

そんな中、サンリオ男子は(第1話時点では)極めて抑えた作りだった。

むしろ、オタクであることに恥じらいを感じる主人公長谷川と、オタクもそれ以外も全力で楽しんでいる水野達の対比を上手く描いており、丁寧な作りを感じさせる。

 

一般にオタクであることは恥ずかしいと感じる人が多い。

それは世間や友人からの心無い一言が原因だったりする。長谷川もそんなトラウマを抱えた少年だった。

迷子の少女に声をかけるシーンでも、あえてポムポムプリンを知らないふりをした。

かつてハルヒまどマギを「見ていないふり」して会話した人間も多いだろう。長谷川の振る舞いにはそんな苦い体験を彷彿とさせる。

 

一方で、水野や吉野はそんなことを恥ずかしがりもせずサンリオグッズを身に着けている。

水野の取り巻きの女子たちの言動が印象的だ。

「まあ、そりゃたしかに可愛いけど……」

「男子がサンリオ持っているのは……ねえ?」

 

彼女たちは水野の趣味を決して無条件に受け入れているわけではない。

しかし、理解できないながらも、許容している。

案外、世の中そのようケースの方が多いのかもしれない。

長谷川ならば、彼女たちの反応を見て「自分は拒絶された」と思い込むだろう。

 

「肯定」と「許容」は違うように、「無理解」と「拒絶」も違う。

拒絶されてしまったらどうしようもないが、無理解ぐらいならば人間案外どうとでもなる。

私だって、友人の趣味を全く理解していないが許容している。

 

自分の趣味を恥じらっているからこそ、一つ一つの言動に過剰にナイーヴになってしまうという側面はあるだろう。

もしくは、自分の趣味をアイデンティティレベルで深刻に捉えてしまっても、同様の恐怖心が生まれるかもしれない。

水野のように、堂々と自分の趣味を披露していれば、あるいは、多様な側面を持つ自分のあくまで一要素だと思っていれば、自ずと居心地の良い空間はできていくのかもしれない。

 

そんなことを考えたサンリオ男子だった。

今後、長谷川が何を見て何を思うのか、楽しみだ。