文化人になりたい

その日に見た創作物について、感想を述べる。それだけの場所。

萩尾望都「スター・レッド」精神の美しさを尊重したバッドエンド風ハッピーエンド

ようやくアニメ以外の感想も書くことになりました。

単純にアニメ以外は一つを消化するのに時間がかかるので……。

というか、口調が堅苦しいのは偉そうなのでやめることにしました。

 

そんなこんなで、今日友人のすすめで読んでいた萩尾望都スター・レッド」を読み終えました。

萩尾望都は「ポーの一族」に代表される、いまや知らない人のいない有名漫画家ですが、私が萩尾作品を読んだのはこの作品が初。

そういうわけで感想です。

 

舞台は遠い未来、人類が宇宙に進出した時代。

火星人であることをひた隠しにして生きる主人公、星(セイ)は謎の青年エルグとの出会いによって、長年恋い焦がれてきた故郷の地火星の地を踏むことになります。

なぜ火星人は忌み嫌われる存在になったのか、そして姿を消した火星人たちはどこへいったのか、星と出会った火星人たちは何を思いどのような行動を取るのか。

物語は細かな伏線を巧みに回収しつつ進んでいきます。

舞台や展開が目まぐるしく変わっていくため、読者を飽きさせません。人の死も多いです。

 

星というキャラクターは強い意志を持った行動力に溢れた人物です。

彼女の熱い思いがエルグを始めとした多くの人を巻き込んでいくことによって物語は動きます。

彼女の瞳の色でもある赤のように、炎のような激しい感情と優しさを持った人物です。

その意志は、サンシャインや黒羽など、無関係だったはずの人物の心まで動かしていきます。

 

そして後半。

エルグの正体が明らかになるとともに物語は大きな展開を迎えます。

というか、話のスケールが大きくなりすぎてポカンとしてしまいます。

それでも話の流れに説得力があるのは、これまでの展開でESPたちの保つ力の危うさや恐ろしさを丁寧に描いてきたからこそでしょう。

 

ESPは精神の発露です。

それゆえに激しい感情に駆られたESPは容易に力を暴走させ、町を破壊し人を殺します。

そして、その力は世代を超えてゆくごとに進化していくのです。

スター・レッドではこの過程を環境への適応、すなわち進化になぞらえて説明しています。

このことは、人間が進化の過程で知恵を身に着けていき、地球を破壊していることの再生産であるようにも思えます。

 

星は特に力の強いESPです。

そのために、多くの人の感情により敏感に触れていきます。

しかし、彼女がたどり着いたのは、感情の否定ではありませんでした。

彼女はあくまで故郷である火星を救いたい、エルグのことを想い続けたいと強く願い続けます。

 

そして最終面。

星は星のまま、自身の精神を失うことなく肉体を失います。

しかし、星の魂はとある形で存続していくのです。

 

この結末は一見救いのない物悲しいものです。

残された火星人にもエルグにも、決定的な救いは与えられません。

そんな残酷な現実の中でも、星の魂は生き続けます。

 

この物語の中で一貫して、ESP、すなわち人の精神は秩序の崩壊をもたらすものとして描かれてきました。

そして、星たちの思いも虚しく、宇宙はイレギュラーたる「精神」を排除しつつ秩序に向かって歩んでいきます。現実を見るとそのほうが良いのです。

しかし、それでも星の精神は最後まで不可侵で神聖なものでありつづけました。星の魂は他者によって形を歪められることなく存続していったのです。

これは、私たちがどんなに嫌悪すべき点があろうとも人間の精神に美しさを見出しているからではないでしょうか。

 

この漫画は一見救いがありませんが、読んだ後には不思議な満足感があります。

それは、高潔な精神の美しさが失われなかったことへのささやかな安堵なのでしょう。